ネット世代とか関係なく教育・学習のあり方を考えた。

先日の日経MJに載っていた、「日能研」や「ベネッセ」の取り組みを紹介した「ネット世代は不親切で育む」という記事を読んでちょっと感じたことをメモしておきたい。

え、親切じゃないですか?

タイトルで「ネット世代は不親切で育む」とあるけど、もはやそれすら十分過ぎるくらい過保護のような気がするという内容でした。例えば日能研さんの、

「結果より過程」復習促す。○×つけない答案。

っていうのがありました。回答した答案には、採点がされておらず、自分で調べて合っているかどうかを判断し、1週間後くらいにWebサイトを通じて正解が発表されるらしい。生徒がお互いの答案用紙を見せ合って盛り上がったりもしているらしい。復習効果も高まるらしい。スキャナして読み取った答案は、生徒だけではなく保護者も会員サイトから確認できるとか。

個人的には、めちゃ面倒なことをするな、と思うし、復習とかはするクセをそもそもつけないといけないと思うし、採点で高得点が返ってくる嬉しさとか、点数が悪かったときの悔しさとか、そういったものが感じられないのは寂しいなと思う。

逆に手がこんでいるし、不親切というより、親切すぎへん?っていうのが感想。

 

あと、ベネッセさんの

試験時間意識、ライブで出題。設問ないテキスト。

というのも、どうなんでしょう。WebでチャットやTV電話を通じて、テキストをもとにリアルタイム講義が行われるわけで、その場で問題を出されるとのこと。試験時間を意識っていうのも、やっぱり「教育」というよりも、「受験対策」感が否めないなーと思ってしまい、なんか残念です。

すごいマンパワーと、手間と、仕組みへの投資をされていることが目に見えて分かるし、これもある意味で不親切というより、親切すぎやしない?って思う。

 

ちょっと昔を振り返る

自分は別に恵まれた環境で勉強したわけではないし、親も高卒だし、でもまぁ、なんとか大学まで進学でき卒業させてもらって感謝している。振り返ってみて、どう勉強していたかと言われてみれば、教育テレビを見ていたり、祖父母が買ってくれた歴史マンガをひたすら読んでいたり、図書室で借りた「宇宙のひみつ」のような本が好きだったり、自由勉強で地図帳や社会資料集から何かを書き出すのが好きだったり。そんな小学生時代。塾なんてもちろん行っていない。(そもそも経済的に無理だった!)

中学時代は、とっても不良が多い中学校でしたけど、でもなんか楽しくて。好きな女の子がめちゃくちゃ秀才だったので、その子に追いつこうって思いでめちゃくちゃ勉強したり、同じ部活の仲間とかと競争したりしてた。それで自然と点数が良かった。高校受験の前に、さすがに受験というものに対して疎すぎたので、日曜日だけ近所の塾に通わせてもらった。

高校時代、周りのレベルが高すぎて、自分もフラフラして後ろから400人くらいいた中で後ろから数えたらすぐという成績順位だったけれども、2年生の時に仲良くなったクラスメイトがやっぱり賢くて、負けたくなくて競争したりしているうちに成績が上がって行った。けれども、まだまだ志望校なんかには届くレベルじゃなくE判定ばっかり食らっていました。近所の塾の1フロアを借りて(もちろん月謝は払って)、地元の仲間とひたすら自習して、時に赤本やセンター試験の過去問を同時に解いて競争したり。塾で自習してる時に使っていたのは、進研ゼミだったりした。周りが予備校に行ったりする中だったけど、ひたすら自習。受験に向けて本気になった時には、学校の休み時間も単語帳開いていたり。とりあえず学校は休まなかった。休んで勉強している人いっぱいいたけど。

 

だいぶ恵まれている方ですけど、結局は小学生時代に自分で好きなことから「勉強」に入って行ったことがルーツなのかもしれないですし、中学高校に入れば、周りの仲間との切磋琢磨で頑張れた気がするのです。

予備校に行けば、とか学習塾に行けば、とかそういうもんじゃないと思うんですけどね。そもそも論になっちゃいました。

 

ほんとに不親切なのは、親が全く勉強教えなくてもいいけど、ただ「興味」を持ちそうなことからちょこっとサポートしてみる、というのが良いのかもな。

ちっちゃい息子がいるので、ちょっとあつく書いてしまった。これくらいにしよ。

 

ブラ・トヨ

ブラ・トヨ について

真面目にゲームやアソビの利活用を研究中。 行列と渋滞が苦手。締めのラーメンは食べません。野球は観るのもするのも好きな元テニス部員。妄想と空想と現実の狭間で過ごす。時々ダークサイドが露出しますが許してください。