エヴァ新劇場版のMADを見て考えた。

性善説を唱えるならば。

友人に教えられて見てみたMADアニメ。

エヴァ好きな私としてはたまりません。

こういうのって、よく映像や音楽の著作権等の話が必ずつきまとうのですけど、それって性善説と性悪説に分けて考えてみたら、なんとなく性善説のポジションをとるほうが結果的に良いのではないかと思うことがあります。

実際、私はこの映像を見て、ますます来年公開の「新劇場版:Q」が楽しみになりましたし、BGMに利用されている「SUM41/no reason」という曲を購入してダウンロードしようかなと思っちゃいましたし。(ランニングの時に聞くと、テンションが上がりそう)

きっとそもそもの映像の質の高さ(原作のよさ)と、音楽の良さとかに、誰かが「編集」をしたことで、新たな価値が生まれたりしていると。

なんとなくそんなことを考えたり。

※MADムービー
MADムービー(マッドムービー)とは、既存の音声・ゲーム・画像・動画・アニメーションなどを個人が編集・合成し、再構成したもの。単に「MAD」と呼ばれることも多く、ネットコミュニティにおいてはもっぱらこの呼称が主流となっている。ただしパソコンやCGソフトが普及した21世紀初頭には「手書き(描き)MAD」(後述)という用語が出現するなど意味の拡散がみられる。主にファン活動の一環として行われる。「MAD」とは「狂っている、ばかげている」の意。(出典:Wikipedia)

 

ブラ・トヨ

ブラ・トヨ について

真面目にゲームやアソビの利活用を研究中。 行列と渋滞が苦手。締めのラーメンは食べません。野球は観るのもするのも好きな元テニス部員。妄想と空想と現実の狭間で過ごす。時々ダークサイドが露出しますが許してください。