ドラクエ4になぜはまったのかを振り返ってみる

ドラクエ4サントハイム一行

画像はこちらのブログさんより拝借(特に第2章のご一行が好きなんです)

ドラクエ4がなぜかずっと好きな私。きっと時間が有り余っていたら、またこのゲームをするだろうと思う。その時はまたわくわくするに違いない。一番大きな理由は、友達のファミコンが羨ましくて仕方なかった小学校低学年時代に、オトン(正確にはまだその時はオトンではなかったのですけど!)に買ってきてもらったファミコンと一緒につけてくれた初めてのソフトが「ドラクエ4」だったという思い入れというものもあるのだが。

今回はその話とは別に、なんで何度も遊びたくなるのか、はまったのかを個人的に振り返ってみたい。(ネタばれ注意!)

 サンドイッチ型のオムニバス形式のストーリー

先日、印象に残る文章の書き方についての講義を受けたのだが、考えてみればドラクエ4もその大事な要素である「サンドイッチ型」ですよね。現在~過去~現在と物語が進む感じ。

また、小目標、中目標として散りばめられた各章の物語。各章をクリアしていくごとに達成感を味わい、そして話がつながっていく快感にも似た感覚。これはまさしくゲーミフィケーションの話にもよく出てくることです。目標の設定。

実際の物語は、

森の中の小さな里で平和に暮らす若者(つまり現在)からスタートします。それからオムニバス形式の各章が始まります。

ライアンとホイミン

第1章では「王宮の戦士たち」で戦士ライアンが、子どもが行方不明になる事件を追ううちに魔王の存在と、まだ子どもの勇者を探しているということを知り、勇者を探すたびに出るところで章が終わる。

第2章では「おてんば姫の冒険」では、王女アリーナと世話係の神官クリフトと爺やの魔法使いブライの3人旅。旅を進める中で、国の人々が消えてしまう事件や武術大会の決勝で姿を消すピサロの名。謎を追い求め、再び旅を開始するところで章が終わる。

第3章では「武器屋トルネコ」のお話。最初はなぜかお店のアルバイトから始まりますw。とにかくひたすらお金稼ぎを商人としてするのですが、動き回るうちに国同士の戦争の回避に成功したり。自分のお店を持つ夢を叶えたが、今度は伝説の武器を探すたびに家族を残し旅立つところで章が終わる。

第4章は「モンバーバラの姉妹」でしたね。父の敵を探して旅する踊り子マーニャと占い師ミネアの旅。ジプシーな感じが常に漂っていました。父の死の謎や、きなくさい事件を追い求めるうちに、敵だった父の弟子が悪魔に身を売り化け物になっていることを知る。しかしその背後にもっと大きな黒幕があった。様々な人の犠牲のもと、大陸から姉妹はひとまず逃げ最後の定期船に乗りこむ。

そして最終章の5章(つまり現在)が始まり、秘密にされて育てられてきた「勇者」である若者が住む村が、魔物たちに襲われ、家族、恋人、守ってくれていた村人たちがいなくなってしまうという悲しすぎる境遇から始まるのです。村を出たときの悲しい音楽といったら、胸がキューってなりましたよ。

そして「導かれし者たち」というサブタイトルの通り、不思議な縁のもと仲間たちと巡り会い、魔王デスピサロを倒しに向かうという。

※原作や小説版、そしてプレイステーション版、ニンテンドーDS版では第6章がありましたね。デスピサロも実は裏で操られてそのようになってしまった悲しい運命を背負っていたという。こういった「話の深み」みたいなものもはまる要素だったのかも。

勇者とシンシア

それぞれのキャラクターにいろいろな背景があり、主人公がたくさんいるイメージ。だから最後の章で各キャラクターが単なる仲間キャラクターじゃなく、不思議な思い入れみたいなものが出てくる気がしました。(他のドラクエシリーズに無い仕組みですよね。それぞれに好きんですけど。)

小目標と中目標がゴールまでの間にうまくストーリー性を持って散りばめられているという点、しかもそれぞれのキャラクターに感情移入させるような仕組み。これがこのゲームの特徴なのかなぁ。(と勝手に言ってみる)

またやりたい。時間ができたら。時間はつくるものですけど、今はちょっと無理w

ブラ・トヨ

ブラ・トヨ について

真面目にゲームやアソビの利活用を研究中。 行列と渋滞が苦手。締めのラーメンは食べません。野球は観るのもするのも好きな元テニス部員。妄想と空想と現実の狭間で過ごす。時々ダークサイドが露出しますが許してください。