ゲーミフィケーションはコミュニケーション・デザインの一種?

Rainbow Love Soaps

先日、たまたま「世界一受けたい授業」の放送を見ていた。世界のアッと驚くような広告がテーマの時限でした。それを見ていて、なるほどね、と思ったことがあったのでメモ。

アフリカの子どもたちの感染症の拡大を防ぐためには、「手洗いの習慣付け」がすぐにできる対策としては最も効果的だった。ですが、その習慣付けをするということが難しかった。

そこでどうやって子どもたちに手洗いの習慣をつけさせることに成功したのか。

それは、半透明な石鹸の中に、様々な子どもたちが欲しくなるような“オモチャ”を入れて固めてしまうことで、一生懸命手を何回もその石鹸で洗わなければオモチャを取り出せなくしたという手段でした。

こうすることで、感染症の発生率が70%以上低減されたという、素晴らしく社会課題の解決に寄与した事例でした。

子どもならほとんど誰しもが「こう行動するであろう」という本能に近い欲求から動機付けをする手法。こういった考え方を広告的観点から言えば「コミュニケーション・デザイン」の領域に相当するとか。

夢中になるうちに何かの課題が解決されている。夢中にさせるだけではなく、それを結構な間継続しないと目的を達成できない。目的を達成すると、本当に解決したい課題が知らぬうちに解決している。良い習慣がついている。(厳密には習慣につながったかどうかは置いておいて、一定期間は一生懸命手を洗うわけで、それを繰り返せば習慣に替わっていくかもしれません)

ある意味、私がこのブログでよく触れているゲーミフィケーションの考え方は、コミュニケーション・デザインの一種なのですかね!

photo by: soapylovedeb
ブラ・トヨ

ブラ・トヨ について

真面目にゲームやアソビの利活用を研究中。 行列と渋滞が苦手。締めのラーメンは食べません。野球は観るのもするのも好きな元テニス部員。妄想と空想と現実の狭間で過ごす。時々ダークサイドが露出しますが許してください。