ソーシャルラーニングは組織のあり方とスイッチングハブの設定

ソーシャルラーニング?

ソーシャルラーニングは自然におこるプロセスであり、奨励することはできても強制することはできない。ソーシャルメディアができるのはそれをサポートし増進することだけである。ソーシャルメディアが存在することで必ずしもソーシャルラーニングが起こるというわけではない。

引用元: ソーシャルラーニングについて覚えておくべき10のこと | ソーシャルラーニング.jp.

「ソーシャルラーニングについて覚えておくべき10のこと」の中の一節ですが、これはとても示唆があると思います。

どうしても「教育」だ!と、強制力を働かして、職場でのトレーニングなどを行うケースが多いですし、ソーシャルラーニングも同様に捉えてしまうケースがありそう。

これってソーシャルラーニングというだけではなく、社内SNSなどでも言えることです。(いや、そもそも社内SNS自体が、本来はソーシャルラーニング的な要素を会社側が期待して“意図的”に設置するのでしょうけど。)

これが難しくって、場所やツールを用意しただけでは、いろんなしがらみもあるし(?)そんな簡単にことが運ぶわけではない。自然発生的に、その場がお互いに教え合い学び合い発信し合う“創発”の空間になることなど、よっぽど理念などが浸透していない限り難しい。

でも、なんらかの仕掛けを置くことは大事かも。そして実際に自然発生したときに、そのモチベーションを維持サポートする仕組みづくり。

スイッチと、その後の電流が効率よく流れる回路をつくってあげるような。いや、むしろスイッチよりもスイッチングハブというべきか。

あ、懐かしい。昔の上司にマーケティングも企画も“起爆スイッチ”が重要やでって教えてもらった。マーケティングもラーニングもその“起爆スイッチ”を探し出して、設置すること、そのスイッチを押す、または押すのを背中を押すことが大切なのかもしれへんね。

ってやっぱり、仕事の真っ最中や、怒られているとき(?)とか、のみにけーしょんとか、コミュニケーションそのものがなければソーシャルラーニングなんて生まれない。効率化と合理化ばっかり言ってきたどこかの誰かにドロップキックだ。

 

とにかく環境やツールの準備だけでは、全く解決できないし、強制することも難しい。でも、とりあえずマーケティングもラーニングもコミュニケーションも、仕掛け(スイッチ)や、つなぎ目や共通のテーマ(スイッチングハブ)が重要なのかな。

ブラ・トヨ

ブラ・トヨ について

真面目にゲームやアソビの利活用を研究中。 行列と渋滞が苦手。締めのラーメンは食べません。野球は観るのもするのも好きな元テニス部員。妄想と空想と現実の狭間で過ごす。時々ダークサイドが露出しますが許してください。