鶏が先か、卵が先かって言ったら。

E.G.G (鶏卵) © by onigiri-kun

「鶏が先か、卵が先か」

ということに、毎日のようにぶち当たる。

例え良いアイデアが浮かんでも、だいたいがこのジレンマにぶち当たる。

平行してやっていかなければならないと分かっていても、平行してやっていくには、結構な人員とコストと時間が必要なケースも多い。もちろん、実現したいことにもよるのですけれど。

1人で会社を起ち上げたり、フリーランスでやっている人は、どうやってその問題を解決するのでしょうか。きっと第一は、周囲に協力者が必ずいるということ、たくさんのサポートがあるからこそ、成り立つのだということがよく分かります。そういった周囲の方々に頼るということも、必要ですよね。

にしてもです。

営業活動をしながら、いろいろ企画して、それを形にもしないといけない。

相当な営業力がある人であれば、きっと構想やイメージだけでも、相手に納得させてしまうのかもしれない。それこそ、【Why】がしっかりとあれば、その信念に惹きつけられ、魅力に感じてサービスを購入したり、出資したりする方があるのでしょうけれど!

考える事、やること(というより、やりたいこと)が多すぎて、楽しいけれど、大変というのがやっぱりベンチャー企業だなぁ。今の時代、スピードも重視されるし、のん気なことは言ってられない。けっこう楽観主義者じゃないと、不安に押しつぶされるだろうし。休まず働けるくらい、実現したい「why」が無いと、しんどいやろうな。

ふと考え事をして、ポストをしてみました。

ちなみに、Wikipediaでは、

教養的な文脈で「鶏が先か、卵が先か」と述べるとき、それは互いに循環する原因と結果の端緒を同定しようとする無益さを指摘しているのである。その観点には、この問いが持つ最も根源的な性質が横たわっている。文字通りの解答はある意味明白であり、初めて鶏の卵を産んだ鶏以外の一個体(またはその卵の父親を含む二個体)が鶏の存在を規定したと言える。しかしメタファーとしての視点に立つと、この問いはジレンマにつながる形而上学的問題をはらんでいる。そのメタファーとしての意味をよりよく理解するために、問いは次のように言い換えることができる。「X が Y 無しに生じ得ず、Y が X 無しに生じ得ない場合、最初に生じたのはどちらだろうか?」-Wikipediaより

むう、なんだか難しー!

ブラ・トヨ

ブラ・トヨ について

真面目にゲームやアソビの利活用を研究中。 行列と渋滞が苦手。締めのラーメンは食べません。野球は観るのもするのも好きな元テニス部員。妄想と空想と現実の狭間で過ごす。時々ダークサイドが露出しますが許してください。