仕事は楽しむ工夫を組織も個人もするべきちゃうか。

F-16

仕事を楽しむこつをつかんだらこっちのもの。

ブログを書けない時は、歯磨きをしたいのにできないような気持ちになってきています。ある意味、習慣化されてきているということでしょうか。ちょっと仕事やらなんやらがバタバタとして、書くことがままならなかったのです。なので1週間ぶりくらいの更新。

こういう時は、コラム?エッセイ的に、感じたことをだらだらと書くことにします。

仕事を楽しめない奴は去れ

過激な見出しをつけましたけれど、最近思ったことがあります。仕事でもなんでもいいのですが、ほとんどの人には何かしらのミッションがあって、その遂行のために日々過ごしているわけですが、そのことを楽しめない人というのは多いなと感じます。

真面目なのは良いことですが、例えば仕事は仕事だから、ゲーム感覚でやられちゃ困るとかなんとか言って、新しい取組みを検討すらしなかったりするのはどうかと思うんだ。多かれ少なかれ、ゲーム要素を取り入れないと、くそ真面目に“会社から与えられた目標”とかやったって、誰も面白くないと思うんだ。だから自分から主体的に楽しむためには、自分で目標を立てて楽しむ工夫をするべきだろうし、いくらだってできると思う。

ちょっとくらいアホになって、バカになって、幼稚になっても、それが表に分かるか分からないかは別として、成果につながればいいんちゃうかと。そう思います。

「あくまで業務なのだから、遊び半分でやられちゃ困る。」

そりゃ責任はちゃんとみんな持たないといけない。でもそれとこれとは話が別。遊び半分でやっても成果が出れば、誰が困るのだろうか?遊び半分でやってもらった方がもしかすると鬱病なんてなくなるかもよ。意外と生産性がもっと上がるかもよ。

「あそび」っていうのは、楽しむという側面もそうだし、余力とか余白という側面でもめーっちゃ重要。働く上でね。

肉体労働や単純労働のケースとかはきっちりきっちり集中力を持ってミスなくやらないといけないから異なりますが(いや、どんな仕事だってミスはだめですが)、なんらか創造性を発揮しないといけないような職種の場合、遊びがないと視野も広がらないし、業務時間中にネットを見るなとかなんだかんだ言っているとよくないと思う。

そうそう、至極個人的にですがワーク・ライフバランスっていう言葉には違和感を感じているんです。いやー、ワークってライフそのものでしょう。過ごす時間めっちゃ多いし。つながっているもんだと思うし。

仕事を楽しめないやつが、真面目くさってゲームと捉えることを否定するし、そういう人に限ってワークライフバランスを声高に叫んで権利ばかり主張して成果をあげなかったり、メンタルがしんどくなっちゃったり、仕事に打ち込めないんちゃうか。そしてそういう職場ほど、病む人が多いんちゃうか。

案外、経営者は大切さを分かっていても、管理職は自分のミッション(数字)のプレッシャーから余裕がなくなっているのかな。

とにかくもっと世の中を楽しめるようにしたい。

photo by: psiaki
ブラ・トヨ

ブラ・トヨ について

真面目にゲームやアソビの利活用を研究中。 行列と渋滞が苦手。締めのラーメンは食べません。野球は観るのもするのも好きな元テニス部員。妄想と空想と現実の狭間で過ごす。時々ダークサイドが露出しますが許してください。