eラーニングで起こる手段の目的化。

eラーニングというものが、どうして爆発力に欠けるのか。普及しないのか。おもしろくないコンテンツに終始するのか。そんなことを考えているうちに、eラーニング業界においても「手段の目的化」が横行しているなと感じました。

Twitterが流行っているから、やってみよう!
Facebookでお金をかけずにマーケティングができるらしい!
Mixiでコミュニティつくろう!

的な話と同じような気がします。
eラーニングは確かに 時間や場所を選ばず、教育・学習ができます。
進捗確認、理解度確認もできます。

何も学習管理システムに限った話でもありません。
オーサリングツールだってそうだと思います。

きっと、システム開発会社(モノでいえばメーカー)が、「これだけの機能をそろえたから便利でしょ!ほら、使って!」と言っているからなのだと思う。残念ながら、使う側も手段ありきで始めているケースが多いのだろうな。

だからeラーニング=面白くないという構図になってしまう悪循環に陥る。

まず、何を実現したいのか。教育に関しても、戦略ありき。そう思います。
反面教師とします!

ブラ・トヨ

ブラ・トヨ について

真面目にゲームやアソビの利活用を研究中。 行列と渋滞が苦手。締めのラーメンは食べません。野球は観るのもするのも好きな元テニス部員。妄想と空想と現実の狭間で過ごす。時々ダークサイドが露出しますが許してください。